東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2579号 判決 1985年11月27日
控訴人(被告) 株式会社東進陸運
右代表者代表取締役 尾坂安男
右訴訟代理人弁護士 平岩敬一
森田明
被控訴人(原告) 三村貞夫
右訴訟代理人弁護士 苅部省二
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、当審における最初になすべき口頭弁論期日に出頭しないので陳述したものとみなされた控訴状によると、本件控訴の趣旨は、「原判決及び手形判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めるというにあり、被控訴人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、原判決及びこれに引用する手形判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
請求原因事実及び抗弁のうち被控訴人が本件各手形を支払拒絶証書作成期間経過後に取得したことは、当事者間に争いがない。
原審における控訴人代表者本人尋問の結果によると、本件各手形は、控訴人が、訴外石井自動車興業有限会社(本件各手形の受取人兼第一裏書人)の依頼により、同社に金融を得さしめるために振出したものであることが認められる。
そこで、以下、控訴人の主張について判断する。
約束手形の支払拒絶証書作成期間経過後にされた裏書(いわゆる期限後裏書)は、指名債権譲渡の効力のみを有するものであるから(手形法七七条、二〇条一項但書)、これにより抗弁権は切断されることなく、したがって、被裏書人は、振出人が裏書人に対して有する抗弁権の付着した権利を取得することになるが、反面、振出人が右裏書人に対抗することができない抗弁については、期限後裏書により当該手形の譲渡を受けたとの一事により被裏書人がこれを承継すべきいわれはない。
融通手形は、手形の振出人が受取人に対し、これをもって割引等の方法により金融を得さしめる目的で対価の授受なくして振り出し交付するのが通常であって、右振出人と受取人との間では、対価なくして振り出されたことが抗弁となり得るが、右はあくまでも人的抗弁であり、受取人から順次裏書を受けたじ後の所持人に対しては、振出人は、右の融通手形の抗弁をもって対抗することができないと解すべきである。
したがって、融通手形を期限後裏書によって取得した所持人は、裏書人が融通手形の受取人であるため振出人から融通手形の抗弁の対抗を受け、あるいは、受取人が当該手形を利用して金融を受け、その目的を達してこれを回収し、当該手形が融通手形としての性質を失った後に、再度金融を得る目的で、裏書によりこれを第三者に譲渡したため、じ後の被裏書人が振出人から対価欠缺を理由に手形金の支払を拒絶できる関係を悪意の抗弁(手形法七七条、一七条但書)として対抗される等、裏書人が振出人から一定の抗弁をもって対抗される場合は格別、そうでない限り、当該手形が融通手形であることを理由に、これにつき善意であるか悪意であるかを問わず、支払を拒絶されることはないと解すべきである。
本件についてこれをみるに、<証拠>によると、前記訴外会社は、本件各手形につき満期が到来する前に、訴外株式会社横浜自動車販売の白地裏書を得たうえ、割引を受けるため訴外有限会社司商事に裏書し、その後前記訴外石井自動車興業有限会社の手もとに回収されることがないまま(訴外石井自動車興業有限会社の代表取締役の石井治と訴外株式会社横浜自動車販売の代表取締役の石井浩治との関係は、原審における証人中野栄治の証言によれば父子であることが認められるが、だからといって、右の両会社が一体であって、後者の会社の裏書の後の裏書が抹消されていることをもって、直ちに前者の会社が本件各手形を回収したものとみるのは相当でない。)、被控訴人が、支払拒絶証書作成期間経過後に、これを取得したことが認められる。そうすると、被控訴人は、控訴人から本件各手形が融通手形であることをもって対抗されることはないというべきである。
なお、融通手形は、受取人が、金融を得る目的でこれを利用したうえ、満期までの間に、振出人に、支払のための資金を供与し、又は自ら回収してこれを返還する旨の合意があるのが通常であり、あるいは、受取人において交換手形を振出しこれを満期に決済することを約することもあり、このような場合に、当該手形が融通手形であり、かつ、受取人が右のような約旨に反しその義務を履行しないため振出人において手形金を満期に支払うことができない事情にあることを知りながら当該手形を取得した第三者に対しては、振出人は悪意の抗弁(手形法七七条、一七条但書)をもって対抗し得る余地があるというべきであるが、本件全証拠によるも、被控訴人につき右のような事実関係があることを認めることができない。被控訴人は、本件各手形を期限後裏書により取得したものであるから、満期を経過していることは承知しているはずであり、また、<証拠>によると、本件各手形のうち二通については依頼返却がされた旨を記載した付箋が貼付されていることが認められるが、これが依頼返却を受けたのは被融通者である訴外石井自動車興業有限会社ないしは訴外株式会社横浜自動車販売でないことは<証拠>により明らかであって(この点に関する原審における控訴会社代表者尋問の結果は措信できない。)、本件各手形は結局被融通者において融通を受けた割引先から取り戻すことができないまま、転々し被控訴人の所持するところとなったものであり、被控訴人に関する右の事実をもって、当然に、被控訴人において、本件各手形につき受取人の約旨違反により支払ができなくなった等の事情があることを知って本件各手形を取得したものと推認することはできない。
以上のとおりであるから、控訴人の主張は理由がなく、採用することができない。
そうすると被控訴人の本訴手形金の請求は理由があるから、本件手形判決を認可した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 舘忠彦 裁判官 新村正人 赤塚信雄)